列車ダイヤのはなし-世界一正確なダイヤと定時運行のしくみ-
A5判 316頁
「電車を見て時計を合わせることも可能」ともいえるほど、世界一の定時性を誇る日本の鉄道。この正確さはどのようにして実現されているのかについて、列車ダイヤの成り立ち、作り方、働く人々について長年運転システムの構築に携わってきた立場から詳細に解説。安全性の向上への貢献、ICカードやスマホとの関係、AIやWithコロナ社会での鉄道のあり方についても記述。さらに50ものコラムを配し、多くの知見を盛り込みました。
【まえがき】世は第三次AI ブームなのだそうである。少なからぬ数の仕事がそのうちAIに取って代わられ,なくなってしまうという。「この先10年でなくなる職業」という表を目にしたこともある。しかし,列車ダイヤを作る仕事,いわゆるスジ屋の仕事は,少なくとも日本の都市鉄道については,この先10年,AIに取って代わられる可能性はないと思う。日本の都市圏の列車ダイヤは,稠密に走る列車を対象とした実に複雑なものであって,その作成にあたっては,様々な制約条件のもとで,時には相反する多数の利用者の利便性を考慮した上で判断をくださなければならない。また,関係する部署や会社との調整も必要になる。きわめて困難な業務と言える。
本書の前著にあたる『列車ダイヤのひみつ』を執筆していたのは,今からおよそ18年前であった。前著は,おかげさまで何度か版を重ね,多くの方に読んでいただくことができた。なかでも,筆者にとってやや意外であったのは,鉄道会社に勤務される方にも読者が多かったことであった。鉄道会社のいわゆる運輸部門(列車の運行計画の作成や運行の管理にたずさわる部門)以外の人が気軽に列車ダイヤに関する知識を得られる本として受け入れていただいたようである。
そこで,本書を出すにあたっても,気軽に楽しく読みながら列車ダイヤに関する知識を得られるような本を目指すことにした。無味乾燥な,いかにも教科書的なものではなく,かつ,「何がどうなっているのか」ではなく,「なぜ,そうなっているのか」を記述するようつとめた。この本は,もちろん,鉄道会社に勤めている人というよりは,一般の方を読者として想定している。鉄道のしくみ,特に日本の鉄道の定時運行がどのようなしくみで実現されているのかを知りたい人に,その背景とそこに至る事情をわかりやすく解説しようとしている。そのためには,表層的な事実の列挙だけでは不十分だと考えるからである。
この18年間を振り返ると,変わったこともあり,それほど変わっていないこともある。変わったことのひとつとしては,安全性向上の再認識があるだろう。2005年4月25日に発生した福知山線列車脱線事故,同年12月25日に発生した羽越本線列車脱線事故などの重大事故の発生をうけて,鉄道の安全性向上策が議論されることとなった。無論,それまで安全が軽視されていたわけではない。「安全は輸送業務の最大の使命である」(これは,日本国有鉄道の安全綱領の最初にあった文だが,現在の各鉄道会社でも同様である)との認識のもとに,安全性向上に向けて,たゆまぬ努力が続けられていた。しかし,上記の事故や他の事故の発生を契機に,安全性向上策が明示的に議論されるようになった。また,それを受けて,運輸安全マネジメント制度など様々な方策がとられることとなった。さらに,安全性向上に関連する話題として,ホームドアの急速な普及,台風接近時などの計画運休の定着などもあげられるだろう。
もうひとつ変わったこととしては,情報技術の応用がある。SuicaやPASMOなどの交通系ICカードが普及した。また,スマートフォンが急速に普及し,今では,列車の位置や遅れなどの情報をリアルタイムで得るとか,事故発生や復旧などの知らせをメールで受け取るとか,駅の混雑状況の画像を配信するなどのサービスも一般的になってきた。さらに,運転士や車掌がスマートフォンやタブレット端末を携帯し,業務上の連絡・情報取得や案内に活用することも実現されている。
一方で,ダイヤを作って,その通りに列車を走らせるという点については,この18年間に様々な進展があったとも言えるし,本質は,それほど変わっていないとも言える。朝のラッシュ時の電車は,以前とくらべれば「マシ」になったとはいえ,相変わらず混雑しているし,相互直通運転のむくいか,小規模の遅延も頻繁に発生する。業務の面でも技術的進展はあるにせよ,あいかわらずダイヤは「人手」で作られ,事故が起こった時には,「人手」でダイヤの変更が行なわれる。その理由は,一言で言うと「難しいから」とい
うことになる。では,何が難しいのだろうか? なぜ難しいのだろうか? 今後ともそうなのだろうか?
そして,最近になって問題をさらに複雑にしたのが新型コロナウィルス(COVID-19)である。ご承知のように,これは,鉄道に多大な影響を与えている。鉄道に対しては,「いつかは来ると思っていた未来が突然やってきてしまった」という声も聞かれる。需要の低迷や利用者の行動の変容などへの対応が必要となった。本文では,鉄道会社各社のCOVID-19への対応についても,1章を割いて記述させていただいた。
なお,本書をお読みいただく前に,一つだけ注意事項がある。本文中で記述しているように,日本の鉄道は,都市圏・都市内の鉄道と,都市と都市を結ぶ在来線の鉄道,新幹線,それに,貨物鉄道に分類することができる。それらは,かなり性格を異にする。本書は,利用者の多い都市圏・都市内の鉄道について主に記述し,必要に応じて,新幹線や地方の鉄道,海外の鉄道についても触れている。対象を明確にして,混乱することのないように説明をしているつもりであるが,このことに注意してお読みいただければと思う。
2022年9月
富井規雄
【目次】
1. 定時運行の歴史
2. 日本の鉄道の特徴
3. 鉄道というシステム 3.1 定時運行を支える人たち
3.2 分散協調システムとしての鉄道
3.3 共通の情報としての列車ダイヤ
4. ダイヤとは? 4.1 ダイヤ図のはなし
4.2 ダイヤ図の工夫
4.3 ダイヤ図の歴史
4.4 列車ダイヤの中身
4.5 列車番号へのこだわり
4.6 毎日違う列車ダイヤ 基本計画と実施計画
5. ダイヤを作る 5.1 ダイヤを作る準備
5.2 需要を予測する
5.3 物理的な制約をまもる
5.4 基準運転時分
5.5 時隔 2 本の列車の間の最小の間隔
5.6 ダイヤの種類 都市間路線のダイヤ,都市圏路線のダイヤ
5.7 スジを引く 便利なダイヤを作る
5.8 ダイヤ作成の工夫 ダイヤ作りの定石
5.9 きめ細かい工夫 神は細部に宿る
5.10 スジ屋見習い
5.11 列車ダイヤ作成の手順 調整の連続
5.12 ダイヤの評価 どういうダイヤがよいダイヤなのか?
5.13 ダイヤ作成システム
6. その他の輸送計画 6.1 4 つの計画
6.2 車両運用計画とは
6.3 乗務員運用計画 運転士と車掌の勤務の計画
6.4 構内作業計画とは
7. ダイヤを伝える 7.1 全員がダイヤを共有する
7.2 輸送総合システム
8. 遅れずに運転する 8.1 乗務員の仕事
8.2 運転士を育成する
8.3 正確に運転する
9. 遅れに強いダイヤ-列車ダイヤの頑健性 9.1 小規模遅延はなぜ起こる? どのように対応する?
9.2 余裕時分をつける
9.3 ダイヤを工夫する
9.4 頑健性の向上はトータルな考え方で
10. 遅れたダイヤを回復する 10.1 運行管理の中枢 指令室
10.2 進路の制御とは?
10.3 事故が起こればダイヤが乱れる
10.4 事故を未然に防ぐ
10.5 自然災害への対応
10.6 運転整理 一時的なダイヤの変更
10.7 なぜ運転整理は難しいのか
10.8 運転整理を支援する 運行管理システムとその機能
10.9 レジリエントな鉄道システム
11. AI はダイヤを作れるか? 11.1 なぜ,コンピュータでダイヤを作ることは難しいのか?
11.2 世界中で研究開発が進んでいる
11.3 データを活用する
12. with コロナ,after コロナの時代へ 12.1 COVID-19 の影響
12.2 COVID-19 への鉄道会社の対応
12.3 人が増えれば電車は遅れる
12.4 愚策であった減便の要請
型番 |
9784425960729-011 |
販売価格 |
3,850円(税350円)
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